最高裁判所第一小法廷 昭和49年(行ツ)88号 判決 1975年3月13日
上告人 金見物産株式会社
右代表者代表取締役 石川勇
右訴訟代理人弁護士 下坂浩介
被上告人 公害等調整委員会
右代表者委員長 小澤文雄
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人下坂浩介の上告理由第一点について。
公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度をこえ、特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものである場合には、憲法二九条三項によりこれに対し補償することを要し、もし右財産権の制限を定めた法律、命令その他の法規に損失補償に関する規定を欠くときは、直接憲法の右条項を根拠にして補償請求をすることができないわけではなく、右損失補償に関する規定を欠くからといって、財産権の制限を定めた法規を直ちに違憲無効というべきでないことは、当裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和三七年(あ)第二九二二号同四三年一一月二七日大法廷判決・刑集二二巻一二号一四〇二頁参照)。そうすれば本件風致地区内建築等規制条例(昭和四五年北海道条例第七号)二条五号及び五条六号による制限について、同条例が損失補償に関しなんらの規定をおいていないからといって、直ちにこれを違憲無効とすることはできないものというべく、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、ひっきょう、独自の見解に立って原判決を非難するものであって、採用することができない。
同第二点について。
所論は判例違背をいうが、その引用する当裁判所の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。したがって、論旨は、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)
上告代理人下坂浩介の上告理由
第一点 原判決の判断に影響をおよぼすことが明らかな法解釈の誤がある。
原判決はその理由において法律命令、その他の法規に補償する規定がなくても、憲法第二九条第三項の規定に基づいて損害補償を請求しうるものと解する余地がないではなく従って……と判示している。
憲法第二九条第一項に保障される私有財産が公共の利益のため私権の制限をうけ、一般に受忍すべき限度を超える損害を被った者は、同条第三項により損失補償を求めうるとする趣旨は、容易に理解しうるところであるが、私権の制限は命令その他の法規の行使により即時効力を生ずるものであるにもかかわらず損失補償を求める手段が同条同項によるものとすれば、当然裁判による求償権行使の外なく、これを行使せんか現行裁判制度の下においては、これの実現に相当の年月を要する。
さすれば国家権力の発動による私権の制限は、容易に実現し、その損失補償の実現には長期に亘る年月を要するという実態にそぐわない矛盾、即ち私権の制限を受忍し、受忍の限度を超えたとしてする損失補償を求むるに要する年月にまでも受忍を強いるのであるならば、人権保障の法理は那辺に散じたのか……。
一般的に受忍すべき限度を超える損害とは、その大部分が生活の基盤を失うことになったものであろうが、憲法第二五条の生存権の保障の法理から勘案しても、損失補償は急でなければならないこと明白である。
かかる観点から憲法第二九条第三項を生かした損失補償の明示の規定ある法律命令、その他の法規が施行されるべきであり、損失補償についての定めを欠く法律等は実態に即さないばかりか違憲無効である。
第二点 <省略>